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by OiraDesu@凍結前科一犯
「モーニング娘。」が日本語を壊したという視点 by 元産経論説・花岡信昭氏のブログ
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元産経論説・花岡信昭氏のブログより
このところ、当コラムでは、日本語をめぐる論争というと大袈裟になるが、気になることについて、あれこれ言及している。その続きで、「 」の中の文章の末尾にマル(。)をつけるべきかどうかについて。新聞の世界に30数年生きてきて、いまもなお、ものかきを主体とした仕事をしているが、「・・・。」という書き方はしてこなかった。新聞、雑誌など、たいていの日本語はそうなっている。
ところが、懇意にしている某雑誌編集長から、以下の指摘があって、驚いてしまった。学校の教科書では、「・・・。」という書き方を教えているというのだ。
以下、某編集長からのメール。
「・・・。」という書き方は、私も違和感を覚える一人です。念のため文部科学省に問い合わせましたら、係官の手許にある高校の教科書、東京書籍版「精選国語総合」では、「〜〜〜同じようなものだが。」という記述の仕方であるとすぐに教えてくれました。
さらに念のため、小学校でどのように書き方指導をしているのか、と聞きましたら、すぐに調べてくれて、光村図書の2年生の下の教科書に原稿用紙の升目を使って書く書き方について触れてあり、そこでは「〜〜〜。」と書くようにとなっているそうです。
ついでながら、実はもう一つ気になる使い方があるのです。教科書でも、また論文や役 所の文書、そのほかビジネス文書でもそうだったように記憶しているのですが、横書きの場合(縦書きでもありますが)に読点の「、」を「,」にする人が結構います。これなども日本語の読点ではないではないかと、読みながら気になってしまいます。
以上が某編集長からの指摘である。教科書では「 」の中の文章の末尾にマルをつけるよう指導しているというのだ。これでは新聞とはまったく違うではないか。新聞の場合はあの紙面にできる限り多くのデータを載せるためにマルを省略してきた、ということだったのだろうか。
わがデスク周辺の乱雑に積み上げてある雑誌、週刊誌、単行本など片っ端から点検してみたが、「・・・。」という表記は見当たらない。文芸作品の中には、作家の趣味によって、そういう体裁があるのかもしれないが、一般に目につく日本語の文章は「 」の末尾には句点はついていない。
読点(、)についての指摘もまさにその通りである。日本語は「、」、英語は「,」というのが、当たり前の表記であった。それが混乱してしまっている。
考えてみれば、「モーニング娘。」が、いけないのだ。
歌もへただし、ダンスもひどい、とてもではないがエンターテインメントの領域には達していない現代的な娘たちの集団だが、名前に「。」をつけたことがきわめて効果的に作用したように思える。
これは日本語の表記を崩すものである。「。」を本来の使用目的とはちがう、ある種の「記号」として用いることで斬新さを出したということではないか。「モーニング娘。」が日本文化を破壊した罪は大きい。
・・・などと目をつりあげるのもどうかとは思うが、日本語の乱れにもっと関心を持ちたい。
・花岡信昭ウェブサイト - my weblog : 「モーニング娘。」が日本語を壊した
・Birth of Blues:モー娘。の人権を侵害した元産經新聞論説副委員長の花岡信昭さん 日本語の知識不足でブログ炎上
芸名に「、」を付けるまで 藤岡弘、
1986年にアメリカ映画の「SFソードキル」で、武道を通して予てから関心のあった侍を演じることとなった。しかし手元に渡った台本を見ると、外国人が想像する「侍」は史実のそれと全く異なるものであった。
戸惑った藤岡は、通訳を通して日本の伝統文化における侍の地位、役割を粘り強く説明。苦労の甲斐あって藤岡の演じる「侍」は各国で高い評価を得て、パリ国際ファンタスティック&SF映画祭批評家賞を受賞し日本人として初めて米国俳優協会の会員となる。その熱意に深く感銘した現地のスタッフも藤岡のことを「ヒロシさん」と呼び、敬意をもって接するようになったという。
by OiraDesu@凍結前科一犯





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