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浦和レッズと埼玉の物語@浦和の夜は真っ赤か

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昨日の県庁前 真っ赤
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reds5406.jpg 悲願の年間王者となったサッカー・浦和レッズ。支えてきたのは、苦しいときも試合に通い続けたサポーターの熱狂的な応援だ。地域密着のJリーグの理念の理想像だが、うがった見方をすると、「ダサイタマ」と虐げられてきた埼玉県民の思いの爆発に見えなくもない。同県出身の記者がお届けする「レッズと埼玉」の物語−。 (橋本誠)

 真っ赤に染まったスタンドで、一斉に拳が突き上がった。二日午後、埼玉スタジアムで優勝を果たしたレッズのサポーター。「Pride of Urawa(浦和の誇り)」「浦和をみせてやれ」といった横断幕が誇らしげに揺れる。

 川口市の男性(30)は「年間王者ですか…。やっぱり響きが違いますね」とうっとり。ダサイタマの過去に話題を振られても「そんなの昔の話。レッズは世界に誇れるチームになりますよ」と笑い飛ばす。でも、さいたま市の男性(39)はやや違った。「極端に言えば、サッカー以外は何もないところ。そこにレッズが来たから、みんな夢中になったんですよ」

 確かに、若者から老人まで、これだけの人が集まる所は埼玉県にはない。「ディズニーランドも海もない。楽しめるものが何もない」(さいたま市の三十三歳女性)という声をよく耳にする。「レッズに出会うまでは、パチンコやテレビばかりでした」(日高市の三十九歳男性)といった人もいる。

 「出身県でわかる人の性格」の著者で朝霞、川口市に住んだこともある出版プロデューサー岩中祥史氏は「アイデンティティーがない県。レッズが人気を集めたのはその裏返し」と断言する。NHK放送文化研究所の全国県民意識調査では、「住んでいる都道府県は好きか」「住み良いところか」という質問で、埼玉県はともに最下位だ。

 岩中氏によると、現在の埼玉県があった武蔵国は二千余もの小領主に支配され、団結心や連帯意識に乏しかった。戦後は、東京に近く、地価も神奈川や千葉より安いため、県外の住民が流入。東京に通勤・通学し、地元に関心が薄い「埼玉都民」が増えていった。

 県全体がベッドタウンのような状態では、街の個性は育たず、知名度も上がらない。県庁所在地だった旧浦和市(現さいたま市)でさえ、「タクシーで『浦和』と言ったら、浦賀(神奈川県横須賀市)に着いた」「『ディズニーランド(千葉県浦安市)がある所でしょ』と言われた」といった、悲しい笑い話がある。県はイメージチェンジを図ろうと「彩の国」という愛称までつくったが、ダサイタマのダはなかなか取れない。

 岩中氏は「埼玉だけでなく、東京一極集中の構造をなくさないと、何も変わらない。他の地域をのみ込もうとする東京の隣にある埼玉は一番の被害者」と同情する。そのせいか、レッズファンには「アンチFC東京」が多い。「『江戸っ子だから粋でいなせで…』なんて言う観客に腹が立つ」とさいたま市出身の男性(40)。胸中は複雑だ。

 浦和レッズは、そんな「何にもない」埼玉県に生まれた宝だった。一九九〇年、「浦和にプロサッカー球団をつくろう会」が結成され「三菱自動車」を誘致。浦和青年会議所理事長だった山口斉さん(54)は、トウモロコシ畑に野球場を造る映画「フィールド・オブ・ドリームス」に感動し、活動にのめり込んだ。「埼玉の人は横浜や千葉より田舎者と見られ、何となく劣等感を感じている。サッカーで街の顔をつくりたかった」と懐かしむ。

 Jリーグ元年の九三年、レッズはいきなり最下位に沈み、その後もJ2陥落など苦難の道をたどる。だが、負けても負けてもホームの駒場スタジアム(定員二万千五百人)のチケットは完売が相次いだ。街角でパブリック・ビューイングを行っている北浦和GINZAレッズ商店会の大郷恒吉会長(63)は「試合の日は、一体どこから出てきたかと思うほど街に人が出た」と当時を振り返る。

 今は「伝説」となった弱さを知る往年のサポーターには「弱いからこそ、かわいかった」と、かつての阪神ファンのようなことを言う人もいる。しかし、レッズの場合、圧倒的で、ともすると非日常的ですらある応援そのものにハマッてしまった人が多いようだ。

 もともと浦和は「サッカーどころ」。一九〇八年、埼玉師範学校(現埼玉大学)にサッカー部が創部され、戦後は浦和高、浦和市立高、浦和南高がたびたび全国制覇した。「レッズと浦和−純愛サッカー物語」の著者でノンフィクション作家の山岡淳一郎氏は熱狂の背景を「サッカーの地下水脈が、レッズが来たことで噴き出した」と解説する。

 最も熱いサポーターが集まる「ゴール裏」で応援する男性(27)は「レッズが負けることは、浦和の街や自分たちが負けること」と言い切る。まるで都市の威信をかけた代理戦争。「URAWA BOYS」の元リーダー相良純真さん(36)は「サッカー以外は何もない所だけれど、みんな誇りを持って生きている」と後輩たちの心情を代弁する。

 こうした「浦和人」が形作るコア(核)なサポーター層に加え、さらにレッズをステップアップさせたのが、二〇〇二年のW杯で建設された埼玉スタジアム(定員六万三千七百人)。狭い駒場ではチケットが手に入らなかった新しい観客層を掘り起こし、飛躍的に入場者数が伸びた。今季はアルビレックス新潟が持っていたリーグ戦記録を塗り替え、カップ戦を含めた総計も過去最多の約八十七万人に。レッズの公式プログラムを編集する清尾淳氏は「入場料収入の増加で選手を補強でき、スポンサーも付きやすくなる。それでチームが強くなり、また観客が増えるという相乗効果が生まれている」と分析する。

 ちなみに、埼玉県は建設費約七百七十億円の大半を負担。毎年の運営費も、レッズの貢献にもかかわらず二億円以上の赤字が続いている。元をたどれば、これは税金。「レッズはサポーター以外の七百万県民も支えている」(県スタジアム管理室)ことになる。

 レッズはまた、県外出身者が地元になじんでいく接着剤の役割も果たしている。石川県出身の清尾氏は「浦和は意外に古い街で、自分もなかなか市民になりきれなかった。でも、できて十四年しかたっていないレッズに関しては土俵は同じだった」。うなずく県民は多いだろう。

 相良さんは「今では当たり前になったが、僕らはクラブと街とファンのつながりを真剣に考えてきた」と語る。「We are REDS!」(私たちはレッズだ)と叫ぶ観客を見ていると、そうした努力が結実し、血肉になって定着していることを感じる。サポーターにとって、レッズとはどんな存在なのか。相良さんは即座にこう答えてくれた。

 「『自分自身』です。あるのが当たり前で、応援するのも当たり前。ものを食べ、空気を吸うのと同じです。浦和にレッズが生まれたのは革命でした」

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(YouTube)桑田佳祐@ActAgainstAIDS-2006 | top | (資料)タウンミーティングで電通ぼろ儲け

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浦和レッズがとうとう 優勝してくれました! 浦和駅前はほんと凄いことになりました! レッズサポーター熱すぎです!汗 もう特に言うことはありません。 しばらく、優勝の余韻にひたります。(笑)




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